私自身、しばしば外来でセカンド・オピニオンを求められます。
診断名は同じでも、とろうとしている治療法、また他の選択肢についての説明が不十分なことはよくある。
別の医師の見解を聞くことで、相対化も比較検討もできる。
セカンド・オピニオンを求めることに対して不快感を表すような医師は、むしろ信頼できません。
「死に至ることもある」という一文についていいますと、虎の門病院泌尿器科では七年半の間に約五〇〇〇件の手術を行い、手術の合併症・偶発症で亡くなられた方が二人います。
実は他にも、術後、本来の病気のために、退院できずそのまま亡くなった患者が三人ほどいます。
合併症・偶発症で亡くなられた二人の内、一人は腎孟がんで手術を受けた八十〓成の男性です。
腹腔鏡下で腎尿管全摘を行いましたが、手術には何の問題もなく、翌日から元気に歩いていたのですが、術後六日目の早朝、急性心筋梗塞で亡くなりました。
もう一人は両側の腎臓と膀胱を摘出した患者です。
手術には問題はありませんでした。
本人が慢性腎不全のため、血液透析を十数年受けていて、体調がよくなかった。
また関節リューマチがあり、ステロイド剤を長期服用していて抵抗力がなかった。
リスクが高く、手術については議論がありました。
本人は渋っていたのですが、家族から強い希望がありました。
我々も勧めてはおらず、ほぼ、手術はやらないことになっていました。
しかし、最終的に、本人が希望するようになり、我々にもおそらく大丈夫という判断があり実施しました。
しかし、手術の二日後に耐性ブドウ球菌による肺炎になり、その二日後にあっという間に亡くなってしまった。
五千分の二、一一千数百例に一例ぐらいの確率ですが、合併症・偶発症による死亡例があったことを、同意書の前文を読み上げるときにつけ加えておきます。
(医師のための入院診療基本指針)この章のはじめに述べたように、何が正しい医療かについて規定をしたものです。
この基本指針は、原則、診療チームの構成と任務、緊急時の対応、コメディカルとの協調、記録、診療方針の決定と変更、入院と退院、説明と同意、患者の自己決定権の限界、死亡時の対応、医療事故、緩和ケア、診療指針・患者データベース・成績評価、情報の収集と共有の努力、診療成績の発信に分けられており、全部で七十五項目に及びます。
抽象的なものだけでなく、かなり具体的な規定も含んでいます。
いくつかピックアップして説明します。
原則1(医師の責任)医師の医療上の判断は命令や強制ではなく、自らの知識と良心に基づく。
したがって、医師の医療における言葉と行動には常に個人的責任を伴う。
この「自らの知識と良心」というのはヘルシンキ宣言の一九八三年ベニス版から取った文言です。
医師はそれなりのトレーニングを受けて、試験に合格した上で免許を得ている。
判断や行動には、個々の医師に責任が生じるということです。
ヘルシンキ宣言は、「ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則」です。
六四年に世界医師会第十八回総会で採択されました。
第二次大戦後、アメリカは、続裁判で、ナチの命令により収容所内で人体実験を実施した医師を裁きました。
この裁判の過程で、医師を裁くためにつくられたのが「ニュルンベルグ綱領」(一九四七年)です。
ヘルシンキ宣言は、ニユルンベルグ綱領をうけて作成されたものです。
当時の日本ではただの理想論としてみられがちだったようですが、成文化された倫理というものは、次第に強固になっていきます。
現在、日本の医療従事者に関係ないどころか、日本の法律よりも上位の規範として全ての医師を縛っています。
原則1(診療行為とその正当化の手続き)医療は個々の診療行為とそれを正当なものにする手続きからなる。
診療行為正当化の手続きとは、診療行為実施の前に、適切な手順で適切な内容の説明を行ない合意を得ること、また、実施後、結果と診療行為を通して得られた情報を患者に伝達して理解を得ることからなる。
患者をよくすればいい、診療行為だけが重要だという考えに、ともすれば医療従事者は陥りがちですが、もはやそれは通用しません。
診療行為には同意が必要です。
法律家の見解では、手術は同意がなければ、傷害行為とみなされる。
同意があって初めて違法性が阻却されるのです。
患者側にしても、現代の医療は身体への侵襲が大きいので、同意なくやられてはたまりません。
実際に手術をした後で、それがどういうことだったのか、全体としての評価もやはり伝える必要があります。
原則(医療の不確実性)医療はしばしば身体に対する侵襲を伴う。
人間の生命の複雑性と有限性、及び、各個人の多様性ゆえに、医療は本質的に不確実である。
医療が有害になりうること、医療にできることには限界があることを常に自覚して謙虚な態度で診療にあたる。
そもそも病院は、家庭と違って危険な場所なのです。
検査ひとつにしても体を傷つけることになりかねない。
がんを確定するための検査では組織を採取することが多いですし、検査による合併症で死ぬ可能性もゼロではありません。
小牧市民病院(愛知県)の事件では、肺がんで死亡した六十代の女性に対して、必要な検査をしなかったとして病院側に賠償命令が出されました(〇五年三月)。
担当医は検査を勧めたが、それを患者に拒否されている。
肺がんかどうか分かっていたわけではありません。
検査で合併症が起きた可能性だってあるのです。
無理強いをして、合併症が起きれば、激しい紛争になりかねません。
この判決には、医療にはあらゆることが可能であり、常に一〇〇パーセント正しく、安全に行えるはずだという無茶な認識が根底にあります。
そんなことはありえません。
苦痛を伴う医療の結果が必ず期待通りになるわけではない。
患者には拒む権利があります。
医療はあくまで謙虚であるべきで、決して押しっけてはならないということです。
(医療事故への対応)医療の安全性を高めるために最大限の努力をしても、医療事故は常に発生する可能性がある。
発生した場合には責任を回避せずに誠実に対応する。
決して虚偽の説明や、診療録への虚偽の記載をしてはならない。
医療現場では多くの人が医療行為をみていますし、なんらかの記録が残ります。
事実は今のような時代に絶対に隠し通せるものではないし、虚偽や改題が明るみに出ると医師は決定的なダメージを受ける。
これは患者のためというより、医療従事者の安全のための規定です。
主治医とは、患者の診療に主たる責任を有する医師を指す。
かつて虎の門病院では部長に全てを決める権限がありました。
しかし入院患者が八十人を超える科もあり、部長が全てを把握するなどとうてい不可能です。
そのために主治医に診療への責任を持たせたということです。
部長の職務は、少なくとも週一回カンファレンスを行い、当該診療単位の全入院患者について診療状況を把握し、助言・指導することです。
あくまで命令ではない。
そこが重要なのです。
コメディカルとの協調
看護師を含めたコメディカルから、入院患者の診療の要請があった場合には、速やかに診療し、その結果をコメディカルに伝える。
〇三年三月、東京都にある東部地域病院に、腹痛をうったえる五歳男児が入院しました。
入院後も症状が落ち着かず、看護師は「状況が悪いので、とにかく一度診療してほしい」と再三にわたって当直の医師に連絡しました。
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